地鶏ラーメン研究記

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2013年08月01日
 ~ 地鶏ラーメン研究記 ~【2回】

  

たいへん長らくお待たせしました、地鶏研究記第2回目を始めさせて頂きます。
 
 
 
 
 
 
 
前回は、私のかみさんの実家、古河市、昭月堂の、パン屋さんの前を、夜だけ貸して頂き、軽トラックの荷台に屋台を積んでの営業から、久留米ラーメンを、メインメニューで、始めましたで、終わったので、さて今回はなぜ?久留米ラーメンだったのか?から、始まります。
 
 
 
 
高校時代から、もともとラーメンは、かなり好きでしたが、なぜか解りませんが、支那そば風の、今の私が、好きなラーメンよりも、当時、関東地区ではかなりマニアックであります、俗に言う九州ラーメン、いわゆる豚骨スープが好きでした 
 
 
 
 
高校卒業後、別に、もうこれ以上勉強がこりごりだったので成り行き任せで陸上自衛隊なるものに、もちろんフリーパスの様に、入って、中でも同期入隊の、九州は福岡久留米出身の本田慶治君なる人間と、大の仲良しになりました。
 
 
 
 
そんな関係から、二人共に、自衛隊を、満期除隊を、してからも、関東と九州の距離はあったものの適当な交流がありました、そんな時私がまだ25才位の、スイミングインストラクターバリバリの時代に、本田慶治君の、結婚式に呼ばれました、場所はもちろん九州の福岡久留米です、確か二泊か、三泊の旅でした。
 
 
 
 
 
もちろん夜は屋台の久留米ラーメンを、食べました、その時、ふっと思ったことが、近い将来、関東地区で、こんなラーメンやってみたいな、感じでした。それからですね、関東近辺の豚骨ラーメンを、食べ歩きを、始めたのは、千駄ヶ谷のホープ軒から始まり、環七の土佐っ子やら、なんでんかんでん、博多なんとかとか、かなり狂いましたが、なぜかどこも、あの本番の久留米ラーメンを越える味はなかったのです。
 
 
 
 
しかしいまで言うグルメリポーターではありませんから、簡単には九州まで行けません、そんな思いがつのりに、つのって、30才を、境に、スイミングインストラクターからの、屋台久留米ラーメンの、おやじに変身を、図ったのです。
 
 
 
しかしその後、まさかの開店、閉店の繰り返しが、10回以上待ってるとは、次回は、私多田さんの壮絶な、惨め、泣き声、少しの笑い等様々な開店、閉店の繰り返しラーメン人生を、乞うご期待!
2013年06月03日
            ~ 地鶏ラーメン研究記 ~【初回】

         地鶏研究記とは、当研究会のこれまでの歴史とか、

足跡みたいな事柄から始まり、

その他、直営店の話題や、のれん分け店のいきさつや、

話題等、様々な事柄について順を追って

少しでもこのHPを見てくれた方々に、

解り易く発信することにより、研究会のことを

今一つ知ってもらえることを目的に考えられたコーナです。

 

さて、今回の初回は、

何故いつ頃から地鶏をスープに

使用することになったのかをお話しすることに致します。

 

突然ですが、私(多田廣志)の、

ラーメン人生のスタートは、

軽トラに木造の屋台を乗せた

まさしく屋台からの始まりでした

まだラーメン界の何も知らない30才の若輩者でした。

場所は、今の奥さんの実家であります

茨城県古河市の、あの、いまでは、

コロッケパンで有名な昭月堂の前でした。

しかしなんと、スタートの屋台で始めたメインは、

九州の福岡久留米ラーメンだったのです。

なぜ?かは、また次の回でお話し致します。

お問合せ 電話番号0280-31-4633

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